古風堂 望は正直者だ。

「この世の中で一番幸せなものはなんだと思う?」
「そんなものはないね。精々あるのは嘘だけだ」

塩沼 零樹も正直者だ。

正直者同士仲良く公園の噴水際に座っている。本日は晴天で、雲一つない。仲睦まじいカップルから、家族ぐるみのピクニック。家族団欒に最適な天気だ。鳥の鳴き声、風の音、人々の声、全てが心地よく感じる。
そんな中、古風堂望と塩沼零樹は仲良く、眉を顰めながら駄弁っていた。

「嘘、ねえ。嘘------」
「そう、嘘だよ。嘘嘘。嘘噓嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。嘘程真実を前提にしたものはない。嘘をつくということは、真実を知った上で行う行為だ。つまり、俗に言う嘘つきはただの下賎な人間ではなく、真実を知った、下賎な人間だ。あいつらは掻き回そうとしてるんだよ。事実をな」
「嘘ほど甘美なものはないと昔の人はよく言ったもんだなぁ。まあ俺さんにとっちゃ嘘も偽善も関係ねぇけどな」
「お前に残っているのは」
「「"運"だけだ」」

二人の声が重なった。視線だけ相手の顔を覗く。純度100%の天然水の様に清々しい。そんな零樹の表情に少々苛立ちを覚える。

「分かってんじゃねぇか」
「お前の事は嫌いだからな」
「嫌だから相手の事のよく分かるってか」
「そういう事だ」
「俺さんもお前の事が嫌いだ」
「お互いお互いの事が嫌いなんだよなぁ」
「笑えるぜ」


※ ※


夢オチ。
こんな気持ちが悪い夢があるか。
俺は彼奴が大嫌いだ。



関係ないが、俺には家というものはない。基本ネットカフェに入り浸っている。パソコンというものには興味はないのだが、どうも「家」という物体に囚われそうで。それに、自分は放浪癖がある上家なんて持っていたらまたその場所に帰って来なければ行けない。とてもめんどくさい。わりとどうでもいい。
無論、夢から覚めた場所もネットカフェだ。椅子に腰掛けたまま眠りについていたようだ。胡座をかいて椅子の背にもたれかかり、首が天井を見ていたようで首が痛い。
目を擦る。ぼんやりとしていた視界が輪郭をはっきりと象ってきた。あくびを一つつき、ゆっくりと立ち上がり、ネットカフェを出た。外はあの悪夢と同じ晴天で、少々気分が下向きになってしまった自分の頬を柔らかい風が撫でる。気持ちがいい。携帯を開く。青色の携帯にはピンク色で大きく×がつけられている。大きな×だけでなく、水玉や大きな半円、三日月模様などのシール、模様が散りばめられている。なんとも派手な携帯だ。携帯のデスクトップには、大きく「13:24」と表示されている。

「やっべ…完っ全に寝すぎたなぁ…これからどうしようか…」

今日は予定が入っていないのだが、予定が入っていないとどうも落ち着かない。

「俺さんって完全に社畜タイプだよなあ…」

そう呟いて、取り敢えず散歩でもすることにした。チュンチュンと小鳥の鳴き声がする。電信柱が立ち並ぶアスファルトの無機質な道路を渡る。無駄に横に広い。車が多く行き交う所為か、パーパーとクラクションの音とは別に、ぐうと間抜けた音が望の腹から出る。

「うるせぇな…あ、朝飯…じゃないな、昼飯食べるの忘れてたわ。まあ、どっか適当なとこで食うか…」

といいつつも、宛も無くぶらぶらする。ふと空を見上げると空の一部分が010011のような無機質な文字列に変わっていた。恐らくプログラムを構成する文字列なのだろう。

この世界、俺がいる世界は、着々とプログラムに変換されてきている。原因不明というか、人間には恐らくこんな事をするのは不可能の中の不可能だろう。人間には不可能ならば神がやったのか。神ではないなら悪魔だろうか。
こんな世界がプログラムになろうと、自分がプログラムもしくはゲームの中の住人になろうとどうでもいい。関係無い。諦め、そう諦めなのだ。

「ゆーきーやこんこんーあーられーやこーんこん」

明らかに季節外れな童謡を口ずさむ。特に意味はない。
子供だらけの公園を通り過ぎようとした所、ベンチに腰掛けている1人の子供が目についた。何故だか親近感を覚えた。

「……や……のぞ…さん…」

遊びはしゃぎ回る子供達の声に大部分がかき消されてはいたが、その声は自分を差していた。呼ばれては無視するのも流石にアレなので、公園を足を踏み入れ、自分の名を呼ぶ子供の元に駆けていった。

「こんにちは、望さん。本日は文字通り晴天ですね」
「よお、情報屋。君は今年で何歳になりまちたかー」
「子供扱いしないで下さい」
「おめーさんは子供だよ」

半分だけの狐の面に、子供らしい健康的な体操服。赤と橙の鼻緒の下駄を履き、片足は銀河○道に出てきそうな鉄製の一本足の義足。どこを取っても中々奇抜な服装だ。彼は年齢からして健全なる小学生の筈なのだが奇妙な服装、"情報屋"と呼ばれている以上は健全とは言えないだろう。

「まあ子供ですけどね。精神か肉体かは置いといて」
「精神的にはおめーさんはもう大人だよ。中年だぜ。えーと、名前、なんだっけ」
「…名前なんてありませんよ。今の呼び名は【データ零零】です」

年齢9歳。性別は男。情報屋。名前はない。
これが現在判明されている彼の情報、データ。若干9歳にして裏社会での経験の豊富さ。頭の回転の速さ。

「ふうん、【データ零零】ねえ。覚えにくいわ」
「今の主人に文句言って下さい」

彼は仕事を請け負うと、暫くの間仕事を提供してきた人間を「主人」として扱う。主人として接する以上、何をされても文句、暴言は絶対、天地がひっくり返る事があっても吐いたりはしない。それが彼のポリシーなんだそうだ。なんと硬いポリシーなんだろう。

「あなたは今日の、あなた自身の夢、覚えています?」

そう【データ零零】は言った。
会う人間は違うのだが、確かに今日の夢と殆ど同じだ。今日の空模様も、公園に立ち入っている人間も、鳥の鳴き声も。完全に一致していた。
というかそれ以前に、どうしてこいつが今日見た夢を知っているのか。正夢もそうなのだが、今はこれだろう。

「なん、で、お前は俺さんの夢を知ってい「単なる推測ですよ。『あなたならこんな夢を見るだろう』、とね」
「……」

絶対嘘だ。大部分が謎で覆われている少年だ、予知くらいできるのだろう。それを追求するのもアレだし、こんな事で揉めても意味が無い。

「…まあ追求はしないけどよ、なんでいきなり夢の話を持ち出すんだ?」
「いや、零樹さんの話をしようかと」
「あいつの話は聞くだけ、というか名前が挙がってきた時点で吐き気及び虫酸が走るからやめろ」
「まあそう言わずに。零樹さんは今、どこにいるかっていう話ですよ」
「あいつの居場所なんてどーでもいい」

本当にどうでもいい。夢の話かと思いきや大嫌いな彼奴の話だ。悪夢は別の形で完全に現実になってしまった。

「愛知、つまり僕達がいるこの県に居るんですけどね」
「うへえ」

うわあ。

「自由奔放な零樹さんがこの県にいるという事は依頼かなんかでしょうね。ターゲットはヤクザもんですかね」
「そんなモンはヤクザ同士でやっとけっつー話だぁよ。…ま、依頼した奴の言いなりってのは弱い奴しか殺せねぇ俺さんより下等なんじゃねえの」
「今サラッと全世界の殺し屋を馬鹿にしましたね」

そう。彼奴は殺し屋、俺は殺人鬼。彼奴の事は俺はよく分からないが、なんでも彼奴は殺し屋の中でも十本指に入る程の名手だそうだ。手の平大程の小さな拳銃を意のままに操っているという。
そして俺は殺人鬼。自分より弱い奴しか殺せないという点では殺し屋より下等だが、何よりも性が悪い。そして何より、俺は「幸運」だ。どんなに絶体絶命でも、どんなに虫の息でも、俺が「幸運」である限り生き残るという「幸運」、相手を殺せる「幸運」がツイてくる。というか、俺が歩き回るだけで死人が出る。「幸運」の代償だろうか。

「まあいいや、これも幸運、っつーことにしておこう、はははっっっ!!!!」
「あなたはいった…..そういえばそういう人でしたね、見事にイカれてる」
「イカれてる、っはは、そりゃあ褒め言葉だ」

呟く。

「ったく、この世界はゲームより面白いぜ」

ゲームでも構わない。いつも二択イコール生死だなんて、極悪にも程がある。だがそこが面白い。全くこの世界はハードモードだ。この俺がイカれてるのも、世界がプログラムに覆われようとも、ハードモードなのは変わらない。

「ホント、あんたはイカれてる」
「おいおい、敬語崩れてるぜ零零ちゃん」
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